音楽サロン表紙 目次 ロマン派目次 作曲家別作品表 時代別作品表  制作者:国本静三  わが指針 



オペラ「シモン・ボッカネグラ Simon Boccanegra」――宿命の愛――


 ジュゼッペ・フォルトゥニーノ・フランチェスコ・ヴェルディGiuseppe Fortunino Francesco Verdiイタリア(1813-1901)




<作曲の経緯>


 ヴェルディイタリア(1813-1901)は、ラ・トラヴィアータ(椿姫)を発表した後、ヴェルディは1853年4月から1856年4月にかけて台本作家ソンマとシェークスピアの「リア王」をオペラ化するための計画を立て始めていた。しかし、ヴェルディの「リア王」のオペラ化は生涯の願望であったが、果たされることはなかった。「リア王」の中に示される父親像や解決のない、いやそれどころか絶望的な終焉への宿命観は、全ヴェルディ・オペラに通じるものである。人が望んでも思うままにならない真実を、「リア王」の中に見出していたのだと思われる。

 さて、1843年に発表されたアントニオ・ガルシア・グティエレス戯曲「シモン・ボッカネグラ」のオペラ化は、劇場からの考えではなくヴェルディ自身のものであった、とされている。それは1856年5月、ヴェネツィア、フェニーチェ劇場の新作オペラ依頼に応えてのことであった。グティエレス作品のオペラ化は、すでにオペライル・トロヴァトーレを取り上げており、これで2作目となる。ヴェルディのやり方であったが、先ず自分で台本の散文草稿を書いて、これを含めて8作目のコンビとなる台本作家ピアーヴェに送った。「シモン・ボッカネグラ」の中に「リア王」との共通点を見い出したのかもしれない。この台本の草稿に「リア王」計画案の一部を使った。父親の娘に向ける深い愛の宿命は、この2つに共通している。

 1856年8月からパリに滞在していたヴェルディは、ここで新たな台本作家モンタネッリを見つけた。それはイタリアにいるピアーヴェとは連絡が取りにくかったためである。この年の秋からヴェルディは作曲に取りかかっている。モンタネッリに、何度も何度も献身的に台本の書き直しを要求し続けた。作曲の決定稿完成したのはやっと1857年2月5日であった。だがこの時すでにヴェルディはブッセートに戻っている。ヴェルディのわがままを示す一面であろう、印刷にする前にこの台本を元の台本担当者ピアーヴェに送っていることである。そしてオペラ「シモン・ボッカネグラ」の台本作者として名を連ねるかどうか打診している。その結果なんと、台本作者ピアーヴェとして出版された。せいぜい台本モンタネッリピアーヴェ補筆とすべきことであったのにである。

 1857年2月中頃、ヴェルディはヴェネツィアに向かい、リハーサル期間中に現地でオペラを完成させていった。かくして3月12日フェニーチェ劇場「シモン・ボッカネグラ」初演の幕を開けた。しかし、結果は大失敗となった。しかし、レッジオ・エミーリアやナポリではまあまあの評判で、フィレンツェやミラノでは完敗であった。そしてそれ以来あまり取り上げられない出し物となっていく。その原因は台本にあった。たしかに理解しにくい内容のためで、台本にうるさいヴェルディがこのような台本をどうして取り上げたのか。なぜなら、動きのある劇的な出来事は、すべてこのオペラの物語以前に起こった事としている。実際オペラの中で展開される事柄は、そうした過去を背負った人物たちの苦しみと心のうごめきとしているのである。ヴェルディは貴族と新しい市民階級との闘争の中の群像を描こうとしたのである。しかし、そうした劇的展開は、この時ピアーヴェには無理な題材であった。こうして初演後すぐ周りからも改訂案が出されていたが、なぜか24年間放置されたままとなった。


 時は流れて1879年11月、歴史は動いたのである。音楽出版者でヴェルディのうしろだてでもあったティト・リコルディ(1811-88)がこの時、「オテッロ」のオペラ化をヴェルディに勧め始め、さらに意表に出ることとなった。こうしたある日、ファッチオ(「オテッロ」初演の指揮者となる)ボーイトBoitoイタリア(1842-1918)をヴェルディの所へさし向けた。その時ボーイトが書いたオテッロのオペラ化計画と台本の草稿を持たせた。こうしてヴェルディは1879年11月から「オテッロ」台本を手元に持っていたが、作曲の決心がつかなかいでいた。だが、このボーイトとの初めての出会い(1879年)は、「シモン・ボッカネグラ」改訂と、ボーイトがヴェルディの最後のオペラの台本作家となる結果をもたらした。ボーイトは優れた作曲家でもあった。それは台本作者としての手助けのみならず、ヴェルディの書き直し改訂作業に大きな力をもたらした。

 「シモン・ボッカネグラ」の方はボーイトによる台本の加筆改訂によって、ヴェルディの意図が明確化されていく。こうして行われた改訂共同作業は、より重要で意味ある結果を生むことになる。この二人の協力関係は、6年後のオテッロ1887年と最後のオペラファルスタッフ1893年を生み出す契機となったからである。

 改訂版「シモン・ボッカネグラ」(台本ピアーヴェ、ボーイト補筆改訂=現行普及版1881年3月24日ミラノ・スカラ座上演され、大成功をもたらした。ヴェルディもこの結果に大満足であったが、このオペラに対する真の理解は20世紀に入ってから始まったといえる。具体的には1930年代のヴィーン、ベルリン、ニューヨーク公演を経てからである。特に1932年1月28日ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場での上演に対する反響はすばらしかった。というのはなぜかこの劇場は長年にわたって「シモン・ボッカネグラ」を上演し続けていた。このオペラに対して果した貢献は大きく、「シモン・ボッカネグラ」は進化し続けた。現在の「シモン・ボッカネグラ」の上演は、1984年メトロポリタン劇場版おすすめソフト!)規範となっている。




<音楽的特徴>


 さて、「シモン・ボッカネグラ」について考察する時、初演版(1857年)改訂現行普及版(1881年)を区別して考えなくてはならない。現在、初演版は上演されることもなく、出版楽譜も出まわっていない。ここでは改訂版について述べる。ヴェルディはこの「シモン・ボッカネグラ」を改訂するに当たって全曲を見直し、約3分の1を書き直した。主な改訂箇所プロローグ第1幕のフィナーレだと伝えられているが、細部についての具体的な改訂データは伝わっていない。24年間の年月を越えていたにもかかわらず、全体的な流れは楽風においてもたいへん自然な仕上がりである。しかし、このオペラの不思議は、オテッロ(1887年)の音楽に近づいているということだろう。番号オペラを廃した「オテッロ」の新しさには到達していないが、短縮され凝縮された歌や対話場面を重視している点は、ヴェルディの新生面である。それはアリアのようでもあっても、従来のものとは異なりをみせている。

 対話劇として進行していく「シモン・ボッカネグラ」は、過去のラ・トラヴィアータ等で見られたような誰をもうっとりわくわくさせるヴェルディの音楽はない。時折、断片のようにちらっとそうした音楽も顔を出すは出す。プロローグのフィナーレでシモンが総督就任を喜ぶ民衆の合唱は、ヴェルディ初期から見出される親しみのある音楽である。第1幕第1場の最初、ジェノヴァの海を望むグリマルディ家のバルコニーでアメリアがガブリエレを待つ音楽は、ヴェルディのみごとな自然描写である。恋人ガブリエレがやって来て、アメリアが彼の手をひいてバルコニーまで導く時から始まる管弦楽曲は、美しい装飾音が海からの風を思わせる。続く二人の歌も伸びやかである。敢えていえば、すべての登場人物の描写が爆発寸前に止められているという感じである。唯一激しい音楽は、平民党のパオロからアメリアがシモンの慰めものだ、と聞かされた時のガブリエレの苦悩の歌であろう。

 全体に男のドラマを感じさせる。これを見事に音楽化した。実際、主役女性は1人アメリアが登場するだけである。総督シモンの過去、そして実の娘アメリア、彼女の愛するガブリエレなどの掛け違えたボタンがかけ直されたかと思うと、不条理な結末が待っていた。これが人間の宿命だとヴェルディはいわんばかりである。リゴレットイル・トロヴァトーレラ・トラヴィアータのように人の心を捉えるわかりいいオペラではない。だが、渋い味わいは通好みとなっている。ヴェルディは男同士の心情、つまり対立する人間関係の和解に興味をもっていた。後の男の友情と信頼、誤解を描く仮面舞踏会、宿命の対決を描く運命の力、そして嫉妬を利用した策略を骨組にしたオテッロ」へと繋がっていくものである。すべて心理的動きを描く、力強い音楽で構成されている。

 1881年改訂版オペラ「シモン・ボッカネグラ」は間違いなく傑作である。だが、頻繁にあちこちのオペラ劇場では上演されていないようである。たしかに娯楽性は無く、きらめく色彩感あふれる音楽で彩られていないが、くすんだ色合いの魅力が特徴である。全体を通して苦しみを表現しているからである。それも絶望的な苦悩である。そしてこのオペラは、人物の動きよりもその心理の動きを描く。だがひとときの憩いのように魅惑的な音楽もこのオペラにはある。工夫を凝らした和声と管弦楽は単純ではない。ボーイトとの出会いで得られた少なからずヴァーグナーの影響を受けものであろう。だが、ヴェルディ自身は、すでにボーイトとの出会い以前から新しい音楽に変貌しなければならないという必然性を、「シモン・ボッカネグラ」初演版(1857年)の頃から内に秘めていた。それでもヴェルディはヴェルディで、美しい旋律の断片があちこちで顔を出す。

 主人公シモンは、ヴェルディが創り出した数々の父親像の中でも最も重要な人物の一人であろう。この父の心の葛藤、そしてたいへん人間臭さがわれわれを惹きつける。娘アメリアとの再会のつかの間の深い愛情の中で、満たされた思いの中で息を引き取っていく。オペラ「シモン・ボッカネグラ」は、よい演奏と演出による熟成が望まれるオペラである。




<物語>



<前提となる物語:14世紀のイタリア、ジェノヴァ>


 貴族ヤコボ・フィエスコの娘マリアは、シモン・ボッカネグラと愛し合っていた。シモンはジェノヴァ共和国ために働く海賊(義賊)であった。彼はジェノヴァの民衆に絶大な信望をもたれていた。それはシモンの働きのお陰でジェノヴァの船舶が安全に航海ができていたのであった。しかし、マリアの父フィエスコは貴族と義賊の身分の違いから、二人の結婚を認めず、シモンが近づくことができないよう娘マリアを館で幽閉していた。シモンとマリアの間に娘がすでに生まれていて、シモン・ボッカネグラはピサの海辺に住む一人の老女に預けていたが、その老女は死に、預けられていた娘は行方知れずとなっていた。。


プロローグ ン・ロレンツォ教会の広場とフィェスコの館の前



 平民党グループのリーダーであるパオロとピエトロが、シモン・ボッカネグラをジェノヴァ共和国の総督に担ぎ出そうと画策していた。躊躇しながらもシモンは、自分が総督という身分になればマリアの父フィェエスコもマリアとの結婚を許すかもしれないと考え、二人の申し出を受け入れた。ジェノヴァの民衆もシモンへの支持を誓い、貴族党フィエスコへの不満をぶつけていた。シモンがマリアの父フィエスコの館へ結婚の許しを貰うために出向くと、フィエスコが憔悴しきって現れた。シモンとマリアとの間に生まれたもうけた孫娘が行く不明になった経緯を、シモンに告げたのであった。だからこそマリアとの結婚が重大事だとフィエスコに切に願ったが、フィエスコは孫娘が戻るまで和解しない、と言明して姿を消し去った。いつもは閉じられているフィエスコの館の扉が開いていたので、シモンが不信に思って入って行くとそこに死んいるマリアの姿を目にしてしまったのである。悲しみと絶望のうちに広場にシモンが出向いて行くと、待ちかまえていたようにジェノヴァの民衆が新総督シモン・ボッカネグラを歓喜の中で出迎え、歓呼の大声を上げた。


第1幕
第1場 グリマルディ伯爵邸



 時は流れ、25年の歳月が経った。シモン・ボッカネグラは熟年となり、ジェノヴァ共和国の総督を立派に務めていた。彼とかっての恋人故マリアとの行方不明の娘は、グリマルディ伯爵に拾われ育てられ、アメリアと名付けられていたのであった。しかし、伯爵はすでに死去していたので、アメリアは伯爵の屋敷でアンドレアと名のる後見人
――実はマリアの祖父に当たるフィエスコ、だが彼は自分の孫とは知らないのであった――と暮らしていた。そして総督シモンも全くこのこを知らなかったのである。

 ある朝、アンドレアの屋敷でアメリアは幼い頃の悲しい思い出に耽っていた。その時、愛する恋人ガブリエレがやって来た。しかし、彼は総督シモンと敵対する貴族党に属する青年であった。アメリアがいなくなるとそこへアンドレア――実はアメリアの祖父であるフィエスコ――が現れ、ガブリエレに彼女の身の上を語って聞かせたのであった。ガブリエレはアメリアを妻にしたい、とアンドレアに告げる。

 そこへ総督シモン・ボッカネグラの来訪が告げられると、アンドレア
(実はフィエスコ)とアメリアの恋人ガブリエレはその場を去る。総督シモンは、アメリアに平民党のリーダーであるパオロとの結婚を勧めていた。その見返りに追放されているアメリアの恩人であるグリマルディ家一族をジェノヴァに戻す、と語るのであった。

 アメリアはシモン・ボッカネグラに自分には恋人がいると語り、そして自分の身の上を話し始めた。それは自分はグリマルディの血筋ではなく、捨て子の自分を育ててくれた恩人であった、と。そして話を聞くうちに総督シモンは、アメリアが自分と今は亡きマリアとの娘であると気づき始める。そして亡きマリアのロケットの肖像を出して見せ、自分がアメリアの実の父である、と告げたのであった。このことによって突然シモンから、パオロとアメリアの結婚を許さない、と通告されてしまった。真相の解らないパオロは逆上する。パオロはピエトロと組んでアメリアの略奪を企むのであった。



第2場 ジェノヴァ共和国の議会場



 総督シモンはヴェネツィア共和国との条約の重要性を、議会で説いていた。その時、外が騒がしくなった。そこへアメリアに求愛するガブリエレとアンドレア
(実はフィエスコ、アメリアの祖父)が群衆に追われて議会場に入って来る。シモンは民衆を制止するが、アメリアを愛するガブリエレはシモンこそがアメリアの略奪の首謀者だと糾弾し、斬りかかった。助け出されていたアメリアが二人の間に入り、彼女は誘拐事件の黒幕は別にいることを告げた。シモンは貴族党と平民党が互いに罵り合ったので、同胞同士のいさかいをやめるようにと説いた。総督シモンはこの騒動の原因となったガブリエレとアンドレア(実は実はフィエスコ)を牢に入れてしまう。さらにパオロに向かって卑怯な裏切り者がこの部屋にいる、と言い放った。そしてパオロは議会から追われてしまう。パオロは青ざめ、自分を呪しる。


第2幕 総督の部屋



 シモン総督への恨みに燃えるパオロは、シモンの水差しに毒をもっていた。さらに平民党のパオロは牢にいたアンドレア(実はフィエスコ)とガブリエレを外に出して、総督シモンを暗殺すれば釈放して自由にしてやろう、とアンドレアにもちかけた。だがアンドレア(実はフィエスコ)は拒絶した。パオロはガブリエレには、総督シモンとアメリアの仲があやしいとけしかけた。逆上したガブリエレは、かって自分の父がシモンに殺され、今度はアメリアまでも奪われるのか、と怒り狂ってしまう。入ってきたアメリアに総督を愛してるのかとつめ寄った。説明する間もなく総督シモンがやって来たので、ガブリエレはもの陰に隠れた。

 娘アメリアの嘆願でやっとガブリエレを赦免することに総督シモンは同意した。娘が出て行くと、シモンはパオロが毒を入れた水差しの水を飲んでしまう。眠り込んだ総督を、物陰から出て来たガブリエレが刺し殺そうとすると、アメリアが戻って来て阻止する。ガブリエレは父の敵に復讐するのだ、と言うと、総督シモンはガブリエレに対して君は復讐をすでに果たしている、と告げたのであった。すなわち君は私の一番大切なもの、最愛の娘を奪ったからである、そして自分がアメリアの父であることを明言した。すべてを理解したガブリエレは、総督に謝罪するばかり。その時、外で反乱の騒ぎが聞こえる。ガブリエレは総督シモンのため、反乱の鎮圧を目指して出て行った。


第3幕 総督の部屋



 反乱は総督側
(平民党)によって鎮圧された。処刑場に向かうパオロから総督シモン・ボッカネグラは、毒をもったのは自分であると、そしてアメリアを略奪したのは自分である、と告げられたのであった。その時、遠くの教会からアメリアとガブリエレの婚礼の合唱が総督の部屋にまで響いてきた。

 瀕死のシモン・ボッカネグラは感慨に耽っていた。物陰に潜んでいたアンドレア
(実はフィエスコ)は積年の恨みを果たすために現れ、自分の正体、つまりアンドレアでなくフィエスコであると告げた。だが、総督シモンはアメリアこそ長い間行方不明であった自分の娘である、と返し述べた。さらにあなた(フィエスコ)はアメリアの祖父である、と明かしたのであった。フィエスコは自分の娘マリアの娘アメリアと知り、この二人は和解し合ったのであった。そこへ結婚式を終えたアメリアとガブリエレがやって来て、父シモンの祝福を願った。シモンは祝福を与え、ガブリエレを次の総督に任命した。そして息絶えていった。





参考ディスク

BD KIXM120 「シモン・ボッカネグラ」

ダニエレ・カッレガーリ指揮、ジョルジョ・ガッリョーネ演出
パルマ王立歌劇場管弦楽団 &合唱団

シモン・ボッカネグラ
マリア/アメリア
フィエスコ
ガブリエーレ
パオロ
ピエトロ
傭兵隊長
アメリアの侍女
レオ・ヌッチ(Br)
タマ−リ・イヴェーリ(S)
ロベルト・スカンディウッツィ(Bs)
フランチェスコ・メーリ(T)
シモーネ・ピアッツォラ(Br)
パオロ・ベッキオーリ(Bs)
ルカ・カサリン(T)
オレーナ・ハラチコ(Ms)

収録:2010年3月23、25、28日パルマ王立劇場マライヴ  発売:2013/6/26


DVD 商品コード不明 シモン・ボッカネグラ
(LD PILG-2018)
ジェームス・レヴァイン指揮、ティト・カポビアンコ演出
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団

パオロ
ピエトロ
シモン・ボッカネグラ
フィエスコ(アンドレア)
マリア/アメリア
ガブリエレ
リチャード・J・クラーク
ジェームズ・コートニー
シェル・ミルンズ(Br)
ボール・ブリシュカ(B)
アンナ・トモア・シントウ(S)
ヴァジレ・モルドヴェアヌス(T)

収録:1984年12月29日メトロポリタン歌劇場ライヴ  DVD発売:2001/2/23


DVD 商品コード不明 「シモン・ボッカネグラ」

 ジェイムズ・レヴァイン指揮 ジャンカルロ・デル・モナコ演出
メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団

シモン・ボッカネグラ
アメーリア
ガブリエーレ
フィエスコ
プラシド・ドミンゴ
エイドリアン・ピエチョンカ
マルチェッロ・ジョルダーニ
ジェイムズ・モリス

 収録時期:2010年2月6日
 収録場所:ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場(ライヴ)  発売:2011/1/25


★ ヴェルディの作品


2003-2026


音楽サロン表紙 目次 ロマン派目次 作曲家別作品表 時代別作品表  制作者:国本静三  わが指針