ソナタ形式

ソナタ形式

＜ソナタ＞

　ソナタsonata^{イタリア語}は、広義には器楽曲であることを示す語である。ソナタsonataは、sonare（動詞の不定詞=弾くの意）の過去分詞から名詞となったものである。時代をもう少しさかのぼれば、ルネサンス（1400-1600）にすでに器楽曲を指す用語としてソナタsonataとカンツォーナcanzona^{イタリア語}という語があった。また17世紀初め（バロック初期）にはカンツォーナcanzonaから発達した３声部のトリオtrioの器楽曲、すなわちトリオ・ソナタtrio sonata^{イタリア語}が現れた。具体的には２つの独奏楽器部と伴奏部を受けもつ通奏低音によっている。通奏低音部は複数の楽器奏者によって演奏される。それは低音楽器と和音演奏が可能な鍵盤楽器によることが多い。鍵盤楽器の代わりに撥弦楽器のリュート族が用いられることもあった。

　そして室内ソナタsonata da camera^{イタリア語}と教会ソナタsonata da chiesa^{イタリア語}という２つの楽曲形態が生まれる。室内ソナタと教会ソナタは、元来演奏場所によって区別された概念と捉えてよいものである。室内ソナタは宮廷や個人のサロンで演奏されるソナタで、後者は教会の典礼の中で演奏されたソナタであった。そして室内ソナタは17世紀後期から18世紀前期の多楽章器楽形式の楽曲となった。前奏曲と２、３の舞曲で構成され、一種の組曲形式をとっていたパルティータともいわれるものであった。教会ソナタは［緩-急-緩-急］の４楽章形式という定まった形を有していた。

　コレッリCorelli^イタリア（1653-1713）によって、室内ソナタ=パルティータ（組曲）と教会ソナタはよって確立された。内容的には組曲であるパルティータをソナタとも呼ぶこともあり、これを室内ソナタと捉えてもいいだろう。

　例えば次にあげるバッハのソナタsonata作品例みると、「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第１番BWV1001、第３番BWV1003、第５番BWV1005」、「ヴァイオリンとクラヴィアのためのソナタ第１番～第６番BWV1014-1019」、「ヴィオラ・ダ・ガンバとクラヴィアのためのソナタ第１番～第３番BWV1027-1029」（第１番=緩-緩の２楽章構成、他は急-緩-急の３楽章形式）、「フルートとクラヴィアのためのソナタ第１番～第３番BWV1030-1032」、「フルートと通奏低音のためのソナタ第１番～第３番BWV1033-1035」などがある。上記のソナタは、ヴィオラ・ダ・ガンバのソナタ以外は緩急緩急の４楽章形式つまり教会ソナタの楽曲形態を取っている。

　また上記の無伴奏ヴァイオリン・ソナタ３曲とともに組まれている「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第２番BWV1002、第４番BWV1004、第６番BWV1006」は、舞曲で構成された組曲partitaである。だが、限りなくソナタsonataに近いものでもある。バッハ自身はどう捉えていたのか。ヘンデルも「ヴァイオリン・ソナタ」９曲を残している。ヘンデルのこれらのうち「ヴァイオリン・ソナタト長調HWV358」のみ３楽章構成だが、他は４楽章典型的な教会ソナタである。

　ルネサンス（1400-1600）から始まったソナタsonataは、バロック（1600-1750）、古典派（1750-1820）、ロマン派（1820-1900）、20世紀（1901-2000）そして21世紀（2001-　）に至るまで伝えられているソナタは、広い概念となっている。言えることは21世紀の現在も重要な楽曲形態の一つである。

＜ソナタ形式＞　――ソナタ≠ソナタ形式――

　古典派時代ではバロック音楽の主流的様式であった多声的音楽polyphonicは姿を消す。古典派音楽の様式は、和声音楽homophony様式となり、バロックの複雑さから単純さへの転換ともいえるだろう。声部の数に制約されず、音の縦の次元に重点が置かれた和声様式の音楽である。和音の連結によって有機的な音楽構成を可能にし、ソナタ形式やロンド形式を生み出す。機能和声法と結び合った新しい表現書法として生まれた形式あった。

　さて、ソナタ形式forma di sonata^{イタリア語}、Sonatenform^ドイツ語、sonata form^英語は、古典派の時代に成立し発展した楽曲形式である。その創始者はハイドンといわれたこともあるが、ソナタ形式初期から発展期の重要な貢献者とするのが適正であろう。ソナタ形式はソナタsonata^{イタリア語}において楽章の中で多く用いられた。その場合１つの楽章から全楽章でも用いることもあった。ソナタであるから必ず用いられているわけでもない。またソナタ形式が用いられているからソナタというということではさらさらない。現在に至るまで大曲の構成に大きな貢献を果てしてきた作曲上の形式の一つである。管弦楽曲においても室内楽作品においても用いられる。

　ソナタ形式の原点は、バロックで確立された音組織、つまり調性tonalityであった。バロック（1600-1750）に生まれた調性は、古典派（1750-1820）に入って大きな飛躍を遂げていく。調性は古典派時代の豊かな表現様式に寄与するものとなり、この時代の作曲家たちほど調性理論を享受したことはないであろう。数々の音楽形態を支えていく調性原理に基づいたソナタ形式は生まれた。ロンド形式もそうした例である。均斉ある楽曲形式として、論理的な構成原理として発展していく。特にソナタ形式によって独奏ソナタ、二重奏ソナタをはじめピアノ三重奏曲、弦楽五重奏･四重奏曲、交響曲、協奏曲、また各種管弦楽曲・序曲、前奏曲などにも用いられた。この構築的な構成は圧巻の効果を発揮し、究極の古典派理念に合致する形式となった。そして次代のロマン派（1820-1900）でもより広く自由なソナタ形式の展開を迎えていくのである。

＜ソナタ形式の基本的な構成＞

　ソナタ形式を形作る必須条件は、一つの楽章や一つの楽曲内で用いられる呈示部、展開部、再現部からなる構成である。

序奏	呈示部		小結尾	展開部	再現部		結尾
	第１主題	第２主題		★第１主題や第２主題がいじられる場合もあるし、全く新しい素材が登場することもある。	第１主題	第２主題
主調		属調、平行調		★用いられていく調自体が大きな役目を果たす。	主調	主調、同主調

　上記で示したのは、調性原理に基づく基本的なソナタ形式の説明である。無調性化へ向かう、あるいは無調性下での音楽となってもソナタ形式の構成をかなり柔軟に、その作曲者独特の構成感で、作曲者の思いに従って自由自在に展開されることもある。

　では上記で示した基本的な構成に下記に説明を加えてみる。

　　<序奏>：いきなり呈示部・第１主題が登場すると、序の部分はない。このことはその楽曲の優劣や曲構成の大きさを示すものでもない。ソナタ形式の必須部分ではないのである。

　［呈示部］：呈示部はソナタ形式必須部分である。第１主題と第２主題が並ぶ。調性の音楽であれば、基本的には長調の第１主題に対して第２主題は５度上の長調に転調した主題となる。第１主題が短調の時は、第２主題は平行調の長調か同主調の長調になることが多い。

　第１主題と第２主題の調の選択は、古典派からロマン派へと次第にかなり自由なものとなっていき、作曲者の作曲上の考えによっている。

　　<小結尾>：これは再現部の終わり部分、その楽章あるいはソナタ形式での楽曲の終結尾coda部分に対して用いた語である。小結尾といってもかなり長い場合もあるし、そうでないこともある。広い意味で展開部へのつなぎの箇所である。

　［展開部］：ソナタ形式での創作性が最大に発揮される部分である。さりげなくとりとめもなく終わることもある。大展開を示し、劇的効果を生むこともある。また展開部が皆無のソナタもある。すべては　作曲者の意図にもよるのであり、観念的な価値判断はできない。
　呈示部での音素材を使ったり、全く新しい音材を用いるときもある。規模が大きくても長くてもその楽曲全体の構成に関わる問題であるので一概には言い切れないことである。また第１主題､あるいは第２主題を、あるいはその両方を展開されることもあるし、序部分や小結尾を発展させ、展開することもある。全く新しい音素材が登場することもある。

　［再現部］：第１主題は呈示部と同じ調になり、殆ど呈示部の第１主題と全く同じ場合もある。しかし、常にそうではない。第２主題は呈示部とは異なり、第１主題と同じ調が選ばれるのが基本であるが、同主調が選ばれることもある。それは短調の第２主題を長調に転じたり、長調の第２主題を短調にしたりすることもある。

　　<終結尾>：開始部分の序とは異なり、楽曲の結びとして長短の差はあるものの必ず登場する。これもかなり長大なものもあれば、そうでないものがある。人によっては長大な終結尾を第３主題と分析する人もいるが、どんなに長くても第三主題とは捉えるのは適正ではないと考える。延々と続いても<終結尾>であることに違いないのである。

附・＜ソナタ形式による作品の一例＞

　古典派（1750-1820）やロマン派（1820-1900）で作例を探せば枚挙の暇が無いという外はない。そこで20世紀の無調的な音楽に傾いた作品までと多様である。下記の作品「水の戯れ」は、ラヴェルはソナタ形式を考えて広く自由に構成していったと思われる。

　ラヴェル「水の戯れ」

　ラヴェルRavel^フランス（1875-1937）は、パリ音楽院在学中だった1901年26歳の時作曲し、14年在籍した音楽院での師フォーレFaure'^フランス（1845-1924）に献呈した作品である。音楽院で勉強中ということもあるが、「水の戯れ」には伝統的な作曲書法が伺える。しかし、調性の音楽ではなくラヴェルの独特の音で組み立てられている。曲構成の骨組みとしてソナタ形式を頭に置いて作曲されている。ラヴェルはやや調性的あったり、調性を除外したりと新しく自由に組み立てている。２つの主題を中心に組み立てるソナタ形式に目を向け、自分で作り出した音組織、つまり調性を打破した不協和音や２つ以上の調を同時に響かせる復調も取り入れている。それらを和音にすると濁った音になるが、和声音群を、つまり“ハープのように”を意味するアルペジオ（分散和音）にして連結させ、濁りを回避した。16分音符や32音符で統一感をもたせてもいる。ソナタ形式の２つの主題を使うが、アルペジオ音群の中に包み込んでいる。アルペジオは、撥弦楽器や鍵盤楽器の極意を示す典雅な奏法の一つでもあり、美しくきらびやかに水の様々な形態をラヴェルは表現したようである。

★　古典派の音楽

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