スメタナの祖国愛


　チェコは、当時のオーストリア帝国（オーストリア=ハンガリー帝国）支配k下ではボヘミアといわれた。古くからたいへんな紆余曲折を経験した国で、第二次世界大戦（1939-45）後もずうっと他の東欧諸国と同じくソ連（現ロシア）の社会主義体制下にあり、教会活動も自由はなく長く制限を受けていた。現在、解除されたものの、人々の信仰心に大きな傷跡を残している。筆者も解放前と解放直後のチェコを訪れ、隔たった一党支配体制がこんなにも人の心を阻害するのか、と驚いた。
　
　さて、チェコの民族派の音楽家であるスメタナSmetana（1824-84）は、1874年から1879年にかけて「連作交響詩<わが祖国>」を作曲した。６曲の交響詩によって構成されている。スメタナは、オペラ「リブシェ」を作曲していた1869年から1872年に作曲を考えたとされる。当初は５つの地名を各曲の題名として構想したが、最終的には上記のような史的な意味内容をもつ地名や美しい自然にめぐまれた地を題名に選んだ。オペラ「リブシェ」完成後（1872年）すぐ着手された。1874年第１曲「ヴィシェフラド」完成時前後にはスメタナは聴覚を失っていた。作曲活動は続けられ、最後の第６曲「ブラニーク」を1879年に完成。民族活動家でもあるスメタナの壮絶な民族主義による作曲の実りであった。各楽曲は1875年から1880年にかけて初演され、全曲初演は1882年11月５日であった。

　1884年２月中頃にはスメタナは正気を失い始め、定期的に暴力的になった。同年４月20日、一時躁暴状態となり、家族が彼の看病を行うことが不可能になった。４月23日スメタナをプラハの精神病院に入れた。収容されたスメタナは次第に衰弱し、正気に戻れないまま５月12日生涯を終えた。享年60歳。

　病院はスメタナの死因を老人性認知症と記録しているが、実際は梅毒の末期症状であった。20世紀の研究がこれを実証した。1972年ドイツの神経学者、エルンスト・レヴィン博士の司法解剖記録の研究や、20世紀後半エマヌエル・ヴルチェック教授の遺体から採取した筋肉組織に行った実験によって明らかな証拠を与えた。かなり病状が進み始めた時期に「わが祖国」を作曲し続けたことになり、それも自分の心身の安定時間帯を見極めながら行ったという。彼の作曲への情熱には驚嘆と敬服しかない。民族解放運動家スメタナの祖国愛は強かったが、「わが祖国」ではたいへん穏やかに示されている。すぐれた管弦楽書法による希有な名曲である。世に最も知られたスメタナの作品となった。

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